タグ

, , , ,

3月20日にエントリーした「刀の輸入方法」について書きました・・・

https://edwalker01.wordpress.com/2014/03/20/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%88%80%E3%81%AE%E8%BC%B8%E5%85%A5%E6%89%8B%E7%B6%9A%E3%81%8D%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6/

その刀が手元に届きました。さっそく抜いてみると・・・血・・・血の匂いが・・・ま、まさか妖刀???

あっ、鼻血だぁ・・・・なぁ~~んだ。

$_3

過日、ebayで落札した「軍刀」。SAL便で送られてしまったので、3月末に税関に届いていたのに武器ということで、税関の審査が入りました。当然想定内ですが・・・

しかもSAL便は川崎税関なので、私の居住地の東京都教育委員会から神奈川県教育委員会へと登録可能証明書を出してもらえるよう申請書を出させるという念の入った手間の掛けさせようです。

武器は大変。日本刀、日本火縄銃以外は輸入できません。慶応3年以前に輸入された外国銃はOKとか・・・

軍刀は、ステンレス刀、靖国刀、満鉄刀、村田刀、素延刀などは審査に通らず、送り元へと返品か15cmにカットされます。つまり、本鍛えという昔からの鍛刀法で作られたもの以外はすべて登録不可ということ。工業製品としては立派な物なのにもったいないですねぇ・・・

過日、審査日を指定した手紙が届き、川崎外郵へと出向きました。鍛え傷があるので、本鍛えの刀であり素延ではないことが分かっていましたが、半鍛えの昭和刀の軍刀だとさらに経産省へと輸入許可の申請をしなければならず厄介なのです。なぜか軍刀鍔も同扱いだとか。納得いかないが、武器の付属品という扱いだそうで・・・

川崎外郵に着き、指定された会議室前にてたむろしていると、刀の鑑定士が教育委員会の担当3人とやってきました。私が最初・・・他は立会いなし。代理人を立てることもできるが、自身でやってみたかったので、立ち会った。

税関員と立ち話で世間話をしながら鑑定結果を待っていると、しばらくひっくり返したり、鹿皮(?)で拭ったりして眺めていた鑑定士のおじいちゃんが小声で「江戸」「寛文」「無銘」とか言っていた。教育委員会の担当が「長さ」「反り」それに「無銘」と記録し、女性の担当が写真を撮って内々OKが出た。

教育委員会の担当から、この後登録証をもらうためには登録可能証明書と現物を持って、東京都教育委員会の主催する審査会へと行き、6300円を支払い登録してもらうのだと説明を受けた。

ということで、今は東京都教育委員会の刀剣課に審査申請書をFAXして審査時間の返事待ちです。
今回間違い(知らなかった)をしましたが、EMS便で送ってもらうと東京の砂町の税関に届き、東京都教育委員会が現地で審査会をするので、そのまま現地で登録証がもらえたんですよ。とほほ・・・なわけ。

という顛末で、まだ正式な登録証はないのですが楽しんでます。以前購入していた江戸末期(?)の「拵え」になんとか収まりました。反りが合うとは・・・・これはうれしい。メデタシ、メデタシ。
「無銘(61.8cm)」「寛文刀(340年程前)」「中切先」「板目肌」「小直刃」「浅い反り(0.6mm)」ということで、素人に鑑定は無理ですが、武州(武蔵国)あたりか(?)と想像し、ネットで色々検索しては面白がっています。

鍛え傷を気にしていたのですが、要はよく鍛えてあるから傷が出るので、鍛えを減らすと、傷は出ないんだとか(これじゃぁナマクラだ)。傷のない刀などほとんどないそうで、重要保存刀剣や国宝とかがこれ。居合や抜刀、試し斬りなどの実用刀は刃切れさえなければOKらしい。抜刀でもやるか。

モノウチ付近の棟に刀傷が2つばかりある。これは誉れ傷というらしく、戦場で斬り合い折れなかった証拠なので、傷には入れないんだとか。ま、ひと安心。ただ先の大戦では斬り合うことはなさそうですので、寛文刀なら維新時の刀傷かと思われます。官軍??幕軍?? 持ち主はどうなった・・・はたまたやくざの抗争か

この刀には柄が欠品、鞘も略式軍刀用で、大きな鍛え傷が見られることから察するに、戦争末期、尉官となった方が戦地へ赴くにあたり、刀剣商から買い求めた物であろうと思われる。よく先祖伝来の宝刀を・・・なんて言いますが、将官とか内地の佐官ならともかく南方や支那の戦地ではもったいないですしね。それなりの刀を買うのも一考でしょう。

オヤジの軍刀も・・・戦時中じいさんに「ひょっとしたら、軍刀を下げられるようになるかもしらん」と嘘をついたので、じいさんは慌てて略式軍刀拵えの脇差を調達してきた・・・石を投げれば刀鍛冶に当たると言われたくらいの町なので、近所から大根を貰ってくるみたいに買ってきたとか。

結局は買ったまま実家に残っている。残っている理由も、進駐軍が刀狩りに来たとき、英語が達者だったじいさんは、将校相手に「うちにはないから、探しても無駄だ」と言い切り追い返したのだとか・・・笑っちまうぞ・・・何振りも持つ近所にも言い聞かせ駄物を持たせ、とうとう追っ払ってしまったらしい。

ちと横道に・・・・
また、他にはフクレがある。両端を見ると鍛え傷が下に通っているようだ。これは内部からの錆なので、若干問題です。あとは刃こぼれが何か所かあるのと、曲がりとウス錆・・・・これらは研ぎ師の仕事の範疇で収まるらしいので、気にしないことにしようか。

柄が紛失しているところからしておそらく、日本軍の武装解除で米に接収されたものと思われます。当時のGIは、皆柄を捨てダッフルバッグに詰めて軍にナイショで持ち帰ったのだといいます。鞘からみても一度は軍刀として使われた物なので、ある程度の傷みはしかたがないことと諦めましょう。今のところ研ぐつもりはない。

とりあえず70年もの間、お務めご苦労様でしたと労ってやりたい。余生は日本で・・・

次は、東京都の審査会の様子をお知らせします。日本刀の輸入は意外と簡単でしたね・・・

詳しい写真は恥ずかしいので、いずれまた・・・・

広告