図書館の「アンネの日記」が破られるなど・・・図書破損事件は、やはりこいつらかと・・・・日本人は、こんなダサいことしませんよ。

注目されているので調べてみると、プロパガンダ本という話だ。これが事実とすれば、さらにナチスによるホロコーストに対しても疑いの目を向けなければならないだろう。

当事者たちの研究よりも日本人なら、公正な研究が期待できるのでは。

森村誠一の「悪魔の飽食」もプロパガンダで大嘘だったし・・・・ね!!

*********<朝鮮詐欺だろ間違いなく>****************

@ikaryakuchan: アンネの日記。単なる図書破損事件としか判明していない段階なのに、「レイシズム」と結びつける民主党細野豪志、有田芳生議員。「従軍慰安婦の被害記録」を「アンネの日記」と同等のものにしたい韓国政府。これは偶然の一致だろうか? 犯人を知っているらしい

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http://create21.iza.ne.jp/blog/entry/2658065/

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1942年6月14日、アムステルダムの隠れ家で、アンネ・フランクが日記を付け始めたとされています。

しかし、これは捏造された歴史です。

アンネの日記は、戦勝国側がドイツを悪とする為に利用したプロパガンダ本です。

彼女は、アウシュヴィッツ収容所でガス殺されたと言われていますが、それは、事実ではありません。

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アンネ・フランク

事実は、1945年の3月、

彼女はソ連軍の侵攻の前にアウシュヴィッツ収容所から、ベルゲン・ベルゼン収容所に移送され、そこでチフスにかかって病死したのです。

アンネと姉の2人はベルゲン・ベルゼンに移送され、チフスにかかって病死しました。

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ベルゲン・ベルゼン収容所

現在は、資料館になっているベルゲン・ベルゼン収容所の入口には、アンネの写真とともに、明確に彼女がチフスで亡くなった事が示されているのです。
ユダヤ人学者のプリンストン大学アーノ・メーヤー教授でさえ、「ナチスの多くは殺戮より労働力としてユダヤ人を利用していた」「自然死(疫病死)」のほうが多かったと主張しています。

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アンネの日記は、彼女が13歳の頃から書き始められたにしては、筆力があまりに大人びている事や文章がたくみである事、筆致のすばらしさに疑問を感じる人たちがいました。

アンネの日記には、アンネの父親、オットー・フランクが、アメリカのユダヤ人作家メイヤー・レビンに依頼して書かせ、その対価としてメイヤーに5万ドルが支払われました。

アンネの日記は、ボールペンで書かれています。

しかし、ボールペンが世に出て、一般的に使用されるようになったのは、1951年以降です。

1945年に亡くなったアンネに書けるはずはありません。

これは、1980年にドイツで行われた裁判の際、ドイツの捜査当局、独逸連邦犯罪調査事務局の調査で明らかにされています。

1988年、当時アンネがアメリカの友人に送った手紙が発見されています。その筆跡は、明らかにアンネの日記の大人びたものと異なっていました。

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アンネの日記の筆跡

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アンネが友達に宛てた手紙

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