生で聞いてみたいぞ!【モーリス・アンドレ】Maurice André Trumpet

正確には聞いてみたかったですね。

Maurice André – Carnaval of Venice (Arban)

ARBANという教則本の最後に出てくる、いわゆる課題曲です。学生のために見本演奏をしてくれているのかもしれません。

ALISON・BALSOM とは違う音が聞こえますか?

彼は若いころ「ピアニッシモ」(ごく弱く)ばかりでレッスンさせられたらしいが、それが後に役立ったといったそうです。
ニューオーリンズ系のミュージシャンとは対照的でおもしろいです。サッチモ(ルイ・アームストロング)はものすごくでかい音だったといわれてます。

クラシック系の奏者が音が小さいというわけではありません。彼らにはいろんな音量が必要ですね。

彼のピッコロトランペットはまさに珠玉です。探してみてください。

マウスピースの改造にいそしみ晩年になって、ようやく気に入った物ができたと周囲に言ったそうです。
旋盤を回しているモーリス・アンドレ、ちょっと見てみたかったですね。

************************************************************

モーリス・アンドレ(Maurice André, 1933年5月21日 – 2012年2月25日)は、フランスのトランペット奏者。セヴェンヌ近郊アレスの出身。

アマチュア音楽家の家庭に生まれる。父親の友人レオン・バルテルミーにトランペットの手ほどきを受け、パリ音楽院に進むように奨められるが、入学許可証を得るため、軍楽隊に加わった。音楽院では、レイモン・サバリクの薫陶を受け、在学1年目にコルネットで、2年目にトランペットで首席となる。音楽院では、ある教員よりうまく演奏することができたため、鬱憤を募らせたその教員に殴られ、帰郷を命ぜられたこともあった[要出典]。それから数週間後に、アルバンの著書に載っている全14曲の練習曲を、ミスなしで演奏し切った。卒業の翌年、パリ国際音楽コンクールで見事優勝をとげる。

1955年にジュネーヴ国際音楽コンクールにて優勝すると、1963年にもミュンヘン国際音楽コンクールにて優勝した。

流麗で優美な演奏は、多くの金管楽器奏者を触発した。テレマン、バッハ、ハイドン、フンメルらのトランペットのための協奏曲の録音は、これらの作品の再評価に大きな力があったといってよい。

また、1959年には、セルマー社と協同して、現在広く使用されているピッコロトランペットを創り出した。この楽器は、熟練していない演奏者の手にかかると、甲高くきつい音色になってしまうが、アンドレはこの楽器をやすやすと扱い、理想的な柔和な音色を出してみせた。

録音数は、1960年代初頭から現在に至るまで、優に300点をこえる。他の楽器のための作品を編曲して、トランペット独奏用のレパートリーを広げることにも尽くしてきた。今まで世界各地で4000回に上る演奏会をこなし、たびたび来日して演奏旅行を行なった。2003年にも来日している。ミシェル・ルグランらとイージーリスニングのアルバムも制作している。

2012年2月25日、ピレネー=アトランティック県バイヨンヌの病院にて永眠[1]。78歳没。

広告