初夢や一富士二鷹、三なすび・・・

 

以前にもエントリーしたのですが、正月はやはりこれがいい。

 

 

 
縁起の良いといわれる初夢は「一富士、ニ鷹、三なすび」などと昔からよく云われるところですが、これはなにも富士山や鷹の絵柄が有難いのではありません。
 
一は、富士の裾野、曽我兄弟の仇討ち。
 
二は、鷹の羽のぶっちがい、赤穂浪士の討ち入り。
 
三に名をなす伊賀上野、荒木又衛門の助太刀・・・
 
 
という三大仇討ちにかこつけていますが、武道の誉れ、武士道昇華。仇討ち本懐という「大願成就」にあやかりたいという武家、庶民の願いを表したものと考えられます。
 
 
 
赤穂義士の討ち入りについて、発端となった理由はまったく解明されていません。それがミステリーであり、また理由など関係なく君臣儀ありという武士道の奥深さを感じます。
 
 
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梶川与惣兵衛は内匠頭取り押さえのお手柄により五百石の御加増、関久和には白銀三十枚。梶川は喜んで御加増を受けたが、関久和は御褒美辞退、その後姿を眩ましてしまいました。
 
大名旗本衆においては「関久和は感心なもの、武士の魂を備えているようだ。それに引きかえ梶川という奴は・・・」久和に引きかえ、梶川の評判は無闇に悪うございます。
 
梶川は慣わしで、老中若年寄衆へ御加増の御礼に廻った折、御老中秋元但馬守殿のお屋敷での話。
 
床の間には「頼朝公富士の御狩」の掛け軸、秋元公、梶川にこの絵解きを迫りますが、梶川一向に要領を得ません。 
 
そこで秋元公『富士の巻狩りである。あれこれ見るに付け、涙のこぼれる程哀れにも勇ましいは曽我兄弟、その十郎五郎兄弟が工藤の狩屋を尋ね歩きし時、見廻り役、御所の五郎丸、兄弟の姿を見掛け一旦は咎めんと致したが、其の心根を察しこれを見遁した。やがて本懐とげた五郎は父の仇を討ちたる上は、とても死すべき命、恩義に報いる為この人の縄を受けんと五郎丸に捕われたと聞く。
 
見遁したる者に仁あれば、捕われた者には即ち義あり、花も実もある武士とはこれらを云うのであろう。・・武士の情け、お見遁し下さいと血を吐く思いで頼みしものを、すげなくも組み止め、御加増に相成るような不仁者は予は大嫌いじゃ。重ねて目通り無用。立てッ』。と追っ払われてしまった。
 
次に来たのが御老中土屋相模守のお屋敷・・・そこにも「頼朝公富士の御狩」図、梶川、相模守の御出座にならないうち早々に逃げ出し、稲葉丹後守お屋敷へ・・・床の間を見ると「頼朝公富士の御狩」図、・・・・こりゃいけない、こりゃ大変、行く先行く先この「頼朝公富士の御狩」図です。梶川、早々に家督を倅に譲るお届を出して、隠居してしまいました。
 
 
この話は講談のため厳密には史実と合わない面もあるとは思いますが、当時この話に溜飲を下げた大名旗本、上流階級から庶民にまでその心には、
 
① 死を覚悟した人には手を貸すことは無くても応援するのが当たり前。
 
② 主の無念を晴らした人であればお上もその武勇を称えなくてはならない。
 
現代であれば勿論梶川は吉良を救った人命救助の表彰状となるのでしょうが、当時の世論では梶川は当然悪者でした。(当時ご褒美となったのは、殿中での刃傷沙汰を止めたため)

 

 
赤穂義士に対し彼等に仇討ちの素振りが見て取れたとしても、当時の世論は見て見ぬ振りが正しく、また応援する気風すらあった事が窺い知れます。つまり、赤穂義士が主の本懐を遂げることは当たり前のことで、その意志の見えた赤穂義士たちを十郎五郎に例え、全員が五郎丸になりたかったし、なるべきと考えていた。
 
 
 
この後、梶川は討ち入り前の義士の一人に槍の勝負で刺し殺されてしまいます。
 
 
この赤穂義士たちは、山鹿素行の薫陶を受けたと言われています。
 
 
「朱子学を批判したことから播磨国赤穂藩へお預けの身となり、そこで赤穂藩士の教育を行う。後年元禄赤穂事件で有名になった赤穂藩国家老の大石良雄も門弟の一人である。この事件以後、山鹿には「実戦的な軍学」という評判が立つことになる。」ウィキペディアより
 
 
討ち入りの際、山鹿陣太鼓を打ち鳴らしたと言うのはフィクションといわれていますが、山鹿素行の教えを受けたという事実をどこかに加えたかったのだと思います。
 
吉田松陰、乃木希典、東郷平八郎といい、山鹿素行の教えは、偉大な日本人を育ててきた。乃木は「中朝事実」の御前講義をしたともいわれています。
 
 
儒教の四書五経は孔子の言で、良いことがたくさん書かれている。しかし実践し、実現できている国は、日本だけであると山鹿素行は言う。
 
彼の著書である「中朝事実」は、戦後、仇討ちを恐れる進駐軍に焚書にあったが、わずかに生き残った古本は少しですが手に入れることができます。
 
赤穂義士を見るたびに、日本に誠実を感じます。平等と言うのは、同じ義務を果たす者同士に与えられるものである。反日や権利だけを主張するあふぉ共に同じ日本人を見ることはないし、見る必要もない。
 
とっとと出て行けと、言いたい。
 
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